リアルタイム地震モニター · USGSデータ
2011年3月11日の夜、千葉県浦安市の住民たちは異様な光景を目の当たりにした。道路が波打ち、マンホールが地面から1メートル以上突き出し、住宅が音を立てて傾き始めた。地面の亀裂から泥水が噴き出し、砂の噴水が道路を覆った。家屋は燃えておらず、倒壊してもいなかった。だが、その足元の地面は確かに——液体になっていた。
液状化現象(えきじょうかげんしょう)は、地震の揺れによって地面が突然、固体としての強度を失い、液体のように振る舞う現象だ。建物を支えていた地盤が支持力を失い、重い構造物は沈下し傾き、軽いマンホールや配管は浮き上がる。津波や火災とは異なり、地震の揺れが収まった後も被害は続き、街のインフラを静かに、しかし確実に破壊していく。
液状化を理解するには、まず「地盤」の構造を知る必要がある。砂質地盤は、砂の粒子が積み重なって構成されている。粒子同士の間には隙間(空隙)があり、そこには水が満たされている。通常の状態では、砂粒子は互いに接触して力を伝え合い、上に載る建物や道路を支えている。
地震が起きると、地盤に繰り返しの剪断力(せんだんりょく)が加わる。この振動によって、砂粒子の配列が乱され、空隙の体積が瞬間的に縮小しようとする。しかし水は非圧縮性のため逃げ場を失い、空隙水圧(くうげきすいあつ)が急上昇する。この水圧が砂粒子間の接触圧力——有効応力——と等しくなった瞬間、粒子同士の摩擦は消滅する。
砂粒子が互いに支え合う力を失った地盤は、固体ではなく泥水の懸濁液と同じ状態になる。この状態で、重い建物は沈み、軽いものは浮かぶ。地表には「噴砂(ふんさ)」——砂交じりの泥水が地面から噴き出す現象——が現れる。液状化の典型的なサインだ。
液状化が起きやすい条件は三つに絞られる。緩い砂質土(粒径が均一で締まっていない)、高い地下水位(地表から数メートル以内に水位がある)、そして強い揺れ(一般にM6以上、震度5強以上)。この三条件が揃う場所が、日本には無数に存在する。
1964年6月16日、新潟県を震源とするM7.5の地震が発生した。死者26名。しかし地震学者が衝撃を受けたのは死者数ではなく、信濃川沿いの光景だった。
鉄筋コンクリート造の4階建てアパートが、ほぼ無傷のまま横倒しになっていた。建物自体は壊れていない。ただ、それを支えていた地面が液体になり、建物ごとゆっくりと傾いたのだ。新潟市内では2,000棟以上の住宅が被害を受け、道路・橋・上下水道が広範囲で機能を失った。
この地震は、現代の地震工学における「液状化研究」の出発点となった。世界中の研究者が新潟に集まり、初めて「液状化」というメカニズムが体系的に記録・分析された。それまで「軟弱地盤の沈下」として処理されていた現象が、独立した力学的メカニズムとして認識されたのだ。
東日本大震災(2011年M9.0)において、津波が到達しなかった地域で最も深刻な被害をもたらしたのが液状化だった。震源から約300km離れた千葉県浦安市は、津波の被害はほぼゼロだった。しかし市域の約70%——326ヘクタール——が液状化した。
浦安市の大部分は1960〜70年代に東京湾を埋め立てて造られた土地だ。埋立て工法は当時の基準に従ったものだったが、その地盤は液状化の三条件を完全に満たしていた——緩い砂質土、地表近くの地下水位、そして長周期の強い揺れ。
被害の実態は数字に表れる。住宅被害8,000棟以上。道路陥没や段差が市内全域で発生。上下水道の破損により、復旧まで最長で数ヶ月を要した地区もあった。マンホールは地面から1〜2メートル突き出し、ガス管・水道管が各所で破断した。戸建住宅の基礎が不均等に沈下し、建物が傾いたまま「全壊」判定を受けたケースも多かった。
浦安の事例が特に重要なのは、揺れによる直接被害が軽微だったにもかかわらず、液状化だけでこれほどの被害が生じたことを日本社会に示したからだ。震度5強の揺れで、街が機能を失った。
1995年1月17日、兵庫県南部地震(M7.3)は神戸市を直撃した。死者6,434名。しかし神戸港の埋立地——ポートアイランドと六甲アイランド——では、また別の被害が広がっていた。
両島の大部分で液状化が発生し、地面が最大で1〜2メートル沈下した地点もあった。岸壁は崩壊し、コンテナクレーンが倒れ、神戸港の機能は壊滅した。当時、神戸港は日本最大のコンテナ港の一つだった。物流の麻痺は神戸経済に長期的な打撃を与え、港の国際競争力は震災から20年以上を経ても完全には回復しなかった。
人工島という存在の根本的な問題が、ここで浮き彫りになった。埋立地は定義上、液状化の三条件を備えやすい。しかも都市の産業・物流・居住機能を担う重要インフラが集中している。
液状化リスクは世界中に存在するが、日本の都市部が特に脆弱な理由は明確だ。
日本の大都市の多くは、河川が運んだ堆積物からなる沖積低地に立地している。東京の下町(江東区・江戸川区・墨田区・足立区)、大阪の南部、名古屋の臨海部——これらの地域はいずれも軟弱な沖積層の上に広がり、地下水位が高い。さらに東京湾・大阪湾・伊勢湾の沿岸には、高度経済成長期に大規模な埋立地が造成された。
国土交通省のハザードマップによれば、東京23区の相当部分が液状化「危険性が高い」または「やや高い」地域に指定されている。首都直下地震(M7クラス)が発生した場合、国の推計では東京都全体で最大約4万2,000棟が液状化による建物被害を受けるとされている。
これは建物が倒壊するという話ではない。液状化による被害の本質は、インフラの機能喪失だ。上下水道・ガス・電力・通信ケーブルが地中で破断し、道路が通行不能になる。避難・救助・物資輸送が妨げられ、都市全体が「揺れは収まったのに動けない」状態に陥る。
液状化リスクは事前に把握できる。国土交通省と各都道府県は「液状化ハザードマップ」を公開しており、自分の住所が液状化の危険区域に指定されているかを確認できる。
国土交通省の「重ねるハザードマップ」(国土地理院)では、液状化危険度を地図上で確認できる。また各自治体の防災部門が独自のマップを公開していることも多い。確認すべき指標は「液状化危険度ランク」で、一般に「危険性が高い」「やや高い」「低い」の三段階で示される。
自分の住所が「高い」に該当する場合、建物の基礎形式(べた基礎か独立基礎か)や、建設年(2000年以降の建物は建築基準法改正で地盤調査が義務化)を確認することが重要だ。
液状化対策の技術は、1964年以降の研究によって大きく進歩した。建設前の対策(新規建設)と既存市街地への対策では、アプローチが異なる。
新規建設の場合、地盤改良が標準的な手法だ。「締固め工法」は砂を振動・加圧で密実な状態にする。「固化処理工法」はセメント系の固化材を地盤に注入して強化する。「置換工法」は液状化しやすい土を良質な土に入れ替える。2000年の建築基準法改正以降、住宅建設時の地盤調査と必要に応じた地盤改良が義務化されている。
既存市街地の対策はより複雑だ。浦安市が採用した「格子状地中壁工法」は、道路下に格子状の地中壁を設置し、液状化した土が横方向に流動するのを防ぐ。「地下水位低下工法」は地下水を継続的にくみ上げ、地下水位を下げることで液状化の条件を消す。いずれも大規模な工事を要し、費用と時間がかかる。
個人レベルでできることは限られているが、無力ではない。まず自分の地域の液状化ハザードマップを確認すること。危険度が高い場合、不動産購入時や建替え時に地盤調査報告書を確認すること。そして液状化が発生した場合の対応——ガス・水道の自力確保、避難ルートの事前確認——を準備しておくことだ。
液状化現象は、地震の「もう一つの顔」だ。揺れが収まった後に始まり、静かに、しかし確実に街を変えていく。その仕組みを知り、リスクの高い場所を把握し、備えておくこと——それが今、できることのすべてだ。